フォロー中のブログ
リンク
カテゴリ
以前の記事
2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2012年 11月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 03月 2012年 02月 2011年 12月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 04月 2009年 03月 最新のトラックバック
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
僕は自分の意思で生まれてきた訳ではない。 そのことに気づいたのはアル中ではない普通の友人から紹介された一冊の本だった。 I was born. この単純明快な三文字をずーと解らないで生きてきた。 今まで自分は自分の命も身体もその能力もどれ程のものかは解らないが自分勝手に使って良いと考えていた。アル中でどん底の時、自分の命を自分で終わらせるのも自由じゃないかとさえ考えたことさえあった。 どうもそうではなかったらしい。神様は僕の親を通して僕をこの世に誕生させたのだろう。神様のご計画では僕の役割や使命と言うのがあるのだろう。今は薄々その事を感じている。世界中でただ一人僕だけにしか出来ない唯一無二の事を・・・ 吉野弘「消息」より I was born *********************************** 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。 女はゆき過ぎた。 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。 僕は興奮して父に話しかけた。 ――やっぱり I was born なんだね―― 父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。 ――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね―― その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。 僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。 ――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね―― 僕は父を見た。父は続けた。 ――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。 ――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。
by aa-kaz
| 2010-05-04 01:55
|
ファン申請 |
||